私達しがらきの郷・歴史ボランティアガイドは古都「紫香楽」、陶都「信楽」を訪れていただく方々に、愛するしがらきの歴史を語りかけ、自然を讃えあい、共に現在を生きる喜怒哀楽を共感しあえる有志の会です。一般的な道案内、観光案内はもちろんのこと、皆様とのふれあいを大切に、「いかにも地元案内人」を実感していただけるようなガイド活動を心がけております。中山間ではありますが、しがらきの郷は多彩で個性的に構成されております。要所々々に最適なガイドを配置して皆様をお待ちしております。

 おすすめスポット
   
ず歴史の地「紫香楽の宮跡」があります。約1300年の昔、聖武天皇が都を造られた宮町地域です。一見して、こんな山間にどうして天平の都が・・・?と不思議がられることでしょうが、その中心の「宮町遺跡」の考古学的な最新の発掘とガイドの説明にご納得いただける?かと存じます。大仏建立の詔の発せられた地であり、銅器鋳造の工房跡も発見されました。僻地も21世紀の現在では、「新名神高速道路・信楽IC」から数分です。

古の昔「古琵琶湖」であった信楽は自然の恵みの粘土(生地造り)と松林(燃料割木)によって中世以来の信楽焼産地として生きてまいりました。鎌倉・室町・桃山の種壷、茶陶の素朴さ、江戸期の「京もの」神器、佛器、食器の精妙さ、そしてやがて全国を制覇した信楽焼火鉢・・・・陶器ファンにはたまらない魅力にあふれています。林間に立ち昇る登窯の煙こそ今はなくなりましたが、信楽の街中は陶器とタヌキで埋め尽くされております。私達ガイドは製品見学だけでなく窯元の陶房現場をお訪ねするためのご案内も致します。どうぞ、信楽の窯場をお訪ねください。


楽はまた、歴史街道でもあります。古くは聖武天皇彷徨の到着点。中世応仁の乱の頃には京都のお公家筆頭の近衛政家公が信楽町小川・大光寺に滞在されました。政家公は近衛家領地(信楽荘)経営の傍ら山野に出かけ栗拾い、松茸狩り、月見など信楽の自然を満喫されました。今も信楽には当時の自然を偲ぶ場所が随所にございます。 旅情たっぷりの信楽高原鐵道で蕎麦畑を訪ね、蕎麦打ちを楽しむ企画もあります。

史街道はそのほかにもあります。織田信長公、京都本能寺の変は皆様ご存知でしょう。このとき、大坂・堺にあった徳川家康公は急遽、三河岡崎に逃れることになりました。供の者数人、夜をついての逃避行、いわゆる「家康伊賀越」です。このとき家康一行を導いたのが当時の「甲賀者」、後の多羅尾代官一族でした。信楽・多羅尾に今も残る多羅尾代官屋敷の苔むした石垣に歴史の重みを偲んでください。


のほか信楽は俳人・松尾芭蕉、往還の道でもありました。芭蕉がこよなく愛した大津市と生国・伊賀上野を結ぶ朝宮地区は全国的ブランド朝宮茶の産地ですが、芭蕉の縁戚の居住していた所でした。江戸期、芭蕉は一面の茶畑を照らすどのような月をみていたのでしょう。


新名神高速 信楽IC付近


紫香楽宮(甲賀寺)跡の礎石


信楽焼の工房


朝宮茶のお茶畑
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